<   2010年 11月 ( 15 )   > この月の画像一覧
農地・水・環境向上対策事業
          11月30日(火)13:00~14:30

 農地・水の事業を実施し今年で3年目。農道や用排水路の整備や修繕・草刈の事業、花植え等の景観事業、子供田植え教室等の交流事業に対して、国から補助金が出ておる。
 そのお金が適切に使用されているかの事務指導調査が行なわれる。会計検査とは違うが帳簿等を見るのは同じ視点から見る。調査官は北陸農政局整備部農地整備課からの2名の方があたる。
 「八色の森 浦講」は(有)ウラコウの事務職員が選任で当ってくれているので、調査官も万全ですと言ってくれた。営農の部分で視察が行なわれているが、行程表が無いのと参加者氏名を添付と指摘をうける。
 金銭上や書類上では問題なしでした。
         ●調査が終り隣では魚沼市の団体が指導を受けていた
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by 2neyuki | 2010-11-30 12:26
「欅」育成・保存の会忘年会
          11月28日(日)18:00~20:00

 一昨年、樹木医から毘沙門堂境内にある欅7本のうち命名のある3本(吉祥けやき、長寿けやき、子育てけやき)を診断してもらう。診断のきっかけは、一昨年の4/29「毘沙門天十月会」で境内の清掃をしているときに、参拝客の一団のうちの一人の方が、私と志太さんに「上杉謙信公お手植えの欅はいかに………」との問いに、「吉祥欅」を指さす。
 その時点でも、欅の木の年輪の統一がなかったし、誰の目から見ても欅の木が老朽化していると感じていたので、これを契機に樹木医から診断してもらうことにする。
 樹木医の佐藤先生現地に来ること3回。先生曰わく「巨木の欅が7本あるのは県内で、ここだけです」と話す。市の宝ですよと……。
 診断は、このままにして治療を施さなければ、いつ倒れてもおかしくない状況と言われる。特に「長寿けやき」は。そのいつというのは、来年か、またまた50年後かは分からない。

 長寿欅を助けるには支えを2本する必要がある。見積もったら500万円くらいかかる。普光寺の総代の皆さんは、安全が第一と言うことで伐採すると言う声が強かった。猛反対する。700年もの文化を史跡を切るのかと。上部3分の1位の枝を切ることで納得し、伐採は免れた。
 そんな騒動をしているときに、HB101の社長さん(同級生の羽賀不二夫の大学の友人)が当寺に見える。HB101で欅を助けられると言う話しを聞き、毎週一回散布することにする。
 会員は現在12名3班編制で、一月交替で散布し今年の作業が終わり、今日の忘年会となる。
 今までの欅の状況は、夏頃から葉が枯れて落ちてきたが、今年の猛暑にもかかわらずそういう徴候は見えず、HB101の効果かなと散布にも張りが出てきています。
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by 2neyuki | 2010-11-28 11:48
まちづくりと景色を考える住民談議
          11月25日(木)19:00~21:00

 第2回の浦佐地区景観まちづくりワークショップは、三会場(お国じまん会館、川原町集会場、天王町)に分かれて行なわれた。各会場とも15~20名くらいの参加者であった。
お国じまん会館・浦佐駅西地区は、前回の話合いで「大切にしたい景観は何か」で①毘沙門堂の風格とそれに合わせた門前 ②越後三山(八海山・駒ヶ岳・中ノ岳)の遠望 ③西山の自然や周遊ルート。
 最初にパワーポイントで、景観の見え方、周辺の状況を勉強してから「景観をよくするための方法」について話し合う。「景観を引き立たせる」には、「個性ある景観を生み出す」にはと……今回は女性が5人参加してくれた。女性の視点はまちづくりに欠かせないと改めて認識する。

              ●「お国じまん会館」会場の様子
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              ●グリーンシグマ本間さんより「景観」について勉強する
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              ●グループ代表発表
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by 2neyuki | 2010-11-25 13:49
浦佐地域づくり協議会役員会
          11月24日(月)19:00~20:00

 忘年会を兼ねて地域づくり協議会の役員会が開催される。
 大竹事務局長から、一年間の活動の実績が話しされ、次年度の市の考え方が高野センター長から報告がある。
 今日は来年1月に計画している、「賽の神まつり」について協議する。新町、田町、上町等は町内で行なっておるので合同にと言うのは難しいが、時代の流れで町内単独で開催できないところもあるから今年も計画通り行なう事にする。
 
           ●議論伯仲になった役員会
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by 2neyuki | 2010-11-24 08:55
白山神社「新嘗祭」と常蔵「秋ごと」
           11月23日(火)勤労感謝の日

 勤労感謝の日とは、「勤労をたっとび、生産を祝い、国民たがいに感謝し合う」と定義されており、1948年(昭和23年)に公布された。
 日本は古くから神神に五穀豊穣の収穫を祝う風習があった。飛鳥時代に始った新嘗祭の日が第二次世界大戦後から、天皇行事と切り離され「勤労感謝の日」となった。
 新嘗祭は明治4年までは、旧暦11月の2回目の卯の日に行なわれていた。明治5年に新暦(太陽暦)が導入されたが、そのままでは翌年の1月になるので、新暦の11月の2回目の卯の日に行なうことにした。その日が11月23日であった。翌年から11月23日に固定して行なうようになった。(ウィキペデア百科事典より)

<白山神社新嘗祭>10:00~11:00
 一年間の収穫をたがいに祝い、収穫を恵んでくれた太陽や水や土に感謝する新嘗祭の神事が厳粛のなかで執り行われる。参加者は氏子総代、浦佐区会、議員。
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<常蔵秋ごと>17:00~20:00
 我家の恒例の行事。いつの頃から始っているかは定かでないが。常蔵から嫁に行った緒や親戚のお母さん達が一同に集まる会。昔の農村女性は休む間もなく仕事(子育て、家事、農作業)をし、唯一の楽しみというと実家に帰るのが楽しみだったと、お袋から聞いた事があった。昔は泊まりがけで来たのだという。
 今日は、ほとんどお母さんの手料理でもてなした。美味しかったです。
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by 2neyuki | 2010-11-23 08:11
びしゃもん市感謝の「小さなお祭り」
           11月21日(日)11:00~14:00

 びしゃもん市の閉店は今月30日です。4月24日のオープンから約7ヶ月間皆さまにご利用ただきました。昨年の「天地人」の放映のおかげの売り上げにはなりませんが、今年は地元のお年寄りの皆さまの交流の場になったことに喜んでいます。
 スタッフ一同は来年も続けようと張り切っています。
 今年のご愛顧に感謝して「小さなまつり」を開催しました。天気にも恵まれて大勢の人で賑わいました。

    ●感謝の「無料の豚汁」は大鍋2つが空になるほどでした。左側の大鍋です。
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    ●餅つき大会は2臼です。大勢の搗き手により美味しい餅ができました。
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    ●搗きたての餅はあっという間に品切れです。テントの向こうに並んでいます。
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    ●いつも好評の焼きそばです。作るのが間に合わないくらい並びます。
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    ●焼きそばの隣では綿あめが子供に大人気でした。
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    ●そば屋さんも追加追加でソバとうどんも大盛況。すだれの向こう側が勝手場です。
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    ●天気に恵まれて大勢の方が「びしゃもんいち・感謝のおまつり」に来て下さいました。
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by 2neyuki | 2010-11-21 06:39
新酒ワインと音楽を楽しむ夕べ
         11月20日(土)16:00~19:00

 新潟県内で生産されたぶどうを100%使用した、2010年産新酒の白ワイン「越後プレミアム」とフルコース料理、そして、ソプラノの歌声に耳を傾け音楽を楽しむ案内が、種村芳正元県議から案内が来たので、日頃のお母さんへの感謝で二人で行く。
      ●藤原歌劇団所属の高波礼子さんの歌声に聞き惚れる
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by 2neyuki | 2010-11-20 16:32
地域紹介・観光ボランティガイド全国大会
          11月17日~18日

 今年で15回目を迎える全国大会は、群馬県「伊香保温泉」で開催される。もちろん私は初めての参加です。 昨年のNHK大河ドラマ「天地人」の放映で、当市に「天地人」ガイドボランテアが発足し、天地人ガイドボランティアとして10名が参加する。
 渋川市民会館などを会場に全国から約800人が参加し、ガイド活動、お国じまんや今後の展開について情報交換をした。
 主催は、社団法人日本観光協会で、開会式で吉田理事長が「各地域発展に結びつく実りある大会にしてほしい」とあいさつする。その後、元NHKアナウンサーの加賀美幸子さんが「心を動かす言葉」と題して基調講演する。地域の宝や魅力を紹介する上で、誠意のこもった言葉の重要性を話された。
 伊香保温泉旅館等で6つの分科会が開かれる。第三分科会「地域資源の保全と活用について」に参加する。約1時間32人の方から、「子どもたちの係わり」「住民とのかかわり」「資源を守るための活動」について、地域紹介を兼ねて活動を紹介する。
 全国一流の観光地のガイドが、地域の自慢を交えて話すから活発で大変参考になった。

        ●市民会館開会式
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        ●活発な分科会
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        ●交流情報交換会~地元「伊香保フラ」で歓迎される
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        ●南魚沼市「天地人ガイドの会」参加者メンバー
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<大会2日目>
        ●伊香保温泉観光ガイド遊友の発表はユーモアあり内容も濃くすばらしい
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        ●全体会議・分科会報告
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 午後からは、織都・桐生の三大市めぐりに参加する。還暦を契機に桐生市を再生しようと同級生15名が立ち上がったボランテアガイド。今年で3年目という。
        ●群馬大学工学部同窓記念会館:明治時代に建てられた現役の歴史建造物
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        ●今はパンやで、のこぎり屋根工場跡(織物工場)を説明するガイドのかたです。

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by 2neyuki | 2010-11-17 07:11
新町無常講「庄屋」送り
          11月15日(月)18:30~20:00

 今、浦佐で「無常講」を持っているのは当町内だけかも知れない。
 新町の「無常講」は、いつの頃から行なわれていたかは定かでないが、帳面は大正時代からある。
 今、町内で亡くなった方がおると、出棺の時刻等を町内全戸に案内する。新町無常講のローソクを一対亡くなられた家に持参する。そして当日出棺30分くらい前に「鐘」を鳴らし町内を回る。出棺を見送りに来た人から
「ワラジ銭」と言って、町内の名簿により50円いただく。そのお金は専用の通帳に積んでおく。
 現代は葬儀屋さんもおり、無常講などは無くても困らないが、古い慣習を残し若い世代に継続していくことも大切だ。今の世の中効率ばかり追うのではなく、今一度伝統とか歴史古さを問い直し、生活を見直さなくてはならない。

 その当番のことを「庄屋」と言い、代々庄屋送りは11月15日に行なわれていた。20数年前の帳面に、家のオヤジが庄屋の時に11月下旬に庄屋送りをし、お詫びの文面が載っていた。11月15日というのは何か意味があるのだろうか。古老に聞いてみよう。

          ●区長さん立ち会いで隣の家2軒に無常講道具一式引き継ぎ送る。
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          ●鐘に年号が書いてあるが私には読めない。解る方教えて下さい。
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by 2neyuki | 2010-11-15 06:32
浦佐スキー学校創立50周年記念パーティー
          11月12日(金)18:00~20:30

 ホテルJALシティ田町(東京)を会場に記念パーティーが開催される。160名の参加があり大いに盛り上がる。
    ●浦佐スキー観光(株)牛木社長のスキー学校50年のお礼と新たなスタートの挨拶
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    ●井口正人氏のインタビューで歴代デモンストレーターの紹介。井口成人氏はテレビ朝日のスーパーモーニングのリポーターとして活躍中です。(浦佐出身60歳)
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    ●島田さんと井口成人(イグチナルヒト)氏と
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    ●初代校長平沢文雄氏の懐かしのビデオの解説に会場は最高潮に
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    ●デモンストレーターの関健太郎氏のシーハイルでお開きとなる。 
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 昭和35年に開校した浦佐スキー学校は、スキー道場とも言われ、スキーを滑る人であれば、浦佐スキー学校の存在を知らない人はいなく、一度は浦佐で滑らなければスキーヤーと言われないとまで言われた。
 多くのデモンストレーターを育て、そのスキー技術は常に日本の技術を開発しリードしていた。熱血溢れる指導員のもとゼッケンをつけていないと滑るのが恥ずかしいくらいであった。
 スキー場の開発で浦佐は本当に豊になった。しかし、長野オリンピックを堺にスキーヤが減少し、近年の暖冬と中越地震で一層スキーヤーが減少し、スキー場経営も大変な時代を迎えた。
 我々団塊の世代がスキーを滑ることが、スキー場再生の第一歩と思ったパーティーであった。
 今年こそはスキーを滑るぞ…………!!!!!  
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by 2neyuki | 2010-11-12 23:21