●8月11日(水)13:00~
関昭一元副知事の49日法要が、菩提樹の浦佐普光寺で行われる。家族・身内だけの10人での法要。
関先生は、昭和3年浦佐に生まれる。昭和26年東大法学部卒業後自治省に入る。昭和50年10月から58年10月まで新潟県副知事に就任(君県知事)。
新潟聖稜学園理事長、聖稜短期大学学長、聖稜大学長で94歳。
法要が終わり、奥さんと娘さんの話で「生涯現役」とは先生のことを言うんだなと思った。5年くらい前から体調を崩したが、ベットで仕事をしていたし、大学に「子供学科」を創設ということで、今年に入り文科省とやり取りをしていたし、常に先を読み取り行動に移す人だ。
平成4年開校の県立国際情報高校誘致に絶大な力を発揮した。現職の副知事時代は表立っての動きはできなかったようだったが、関先生がいなければ高校開設はできなかった。当時新潟県は大学進学率は47都道府県中最下位であった。教育の問題は大きな県のかだいであった。その突破口として「国際情報高校」は設立された。(人口減少が確実になるなかでの高校開設は難関であったようだ)県内に大学が開設されたこともあるが、大学進学率は49.9%まで上がり全国で20番目くらいか。
奥さんや娘さんは、もう引退してもいいと思っても、その仕事ぶりを見ると言えなかったそうです。そして、奥様が先生の「辞表」を届けに大学の校門に入ったら、家からの電話でなくなったの知らせが入ったという。まだまだ、やらなければならないことがあったようですと奥様が話す。