関正一葬儀
               4月9日(木)

 同じ町内で小学、中学、長岡農業高校と同じく通い学ぶ。親父さんは早くに亡くし、高校を終わり酪農したり、浦佐構造改善組合の発展に本当につくした。南魚沼市初代の農業委員会長となる。お袋さんは平成23年に亡くなり、子どもは全員結婚し独立している。一人で住み町内の役員をしたりしながら、八色シイタケ栽培で生計を立てていた。

 4月5日・日曜日午後3時40分ごろ、前の石田正幸から電話がある、正一さんが亡くなったと・・・・・!!選挙事務所にいた私は、あまりにも突然の電話にビックリし正一宅に急ぐ。
 キノコの仕事で、遅いお昼になり、1時ころ胸が痛いとうずくまり、救急車がきて人工呼吸するが病院に行ったが・・・・・・・・・。お昼は手を付けていなく、口から血が出ていたと言う。
 17時ころ病院から帰ってくると言う。家はすっかり片づける。警察も来て検死をするがすぐ帰る。病院に行った久良さんの話で「出血性ショック」が死因で、原因は上部消器官出血と言う。それにしても急で、血管から出血したと言うことは、内臓が前から弱っていたんだろうなと思った。

 子だもや兄弟親戚が集まり、家族葬でしようかと言う声が強かったが、正一のために自宅からの普通の葬儀になってホッとする。久良、謙一の三人は庚申様で手伝いからお斎、壇払いと出席。そして、キノコ小屋の件と他人に貸している畑の事は私が相談されていたので、今日までにほぼ解決する。
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 高校の同級生(南魚沼市)と撒与講中と農区役員と庚申様で生花、花輪を上げる。
 もし、半身不随とか等々で入院しても看病する人や面倒見る人がいないから大変だ・・・!だから、正一らしい最後と思った。それにしても急で、最後の最後まで正一らしい・・・・・・。天国で安らかにお眠りください。合掌。
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by 2neyuki | 2015-04-09 12:03
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