井口健一郎氏葬儀
                  3月11日(金)

 議員になり初めて本会議を欠席する。

 3月7日に天国に行く!
 3月7日普光寺で「お日待ち」(大祭の総会及び慰労会)が行われる。寺院方と井口健一郎氏(井口巻)は今日までが大祭で、今日の朝5時ごろに、毘沙門天像を御行水(香の入った砂糖湯水で拭く)する。お身ぬぐい(行水)終了後、大祭後初めての大護摩修業がある。
 正午からのお日待ちで、挨拶が終わり、井口健一郎氏の大役を務めたご子息・徹也君が乾杯の発声をした十数分後に、病院から井口健一郎氏の死が知らされたと言う。井口さん、大祭を全て見届けて息を引き取ったと聞く。

 <弔辞>
祭主井口健一郎さん、大祭委員長の関常幸です。二十八年度の大祭無事に終わりました。哲也さん立派に努めあげましたよ…。聞こえていますか。哲也さんを褒めてください。
健一郎さん覚えていますか、十年前ですが、平成十八年十一月五日三回目の勉強会です。あなたの話が聞きたいと、ここ本堂が一杯になりましたね。「押合大祭と井口家」と題してご講演いただきました。
井口家に代々伝わる大祭の祭具、そして、大祭当日行場に荘厳する毘沙門天曼荼羅の掛け軸も公開してくださいました。
あなたは、祭主であると同時に、歴史家であり文化人でした。そして何よりも愛妻家で、良くお二人で、大門すだやさんでお酒を酌み交わしている姿は、うらやましく夫婦の見本でした。
方丈様と私があなたから、病気を告げられたのは、確かお盆が終わったころでした。「来年の三月三日大祭まで体はもたない」と言われ、頭のなかが真っ白になり呆然といたしました。
今年の大祭が、三月一日未明の水行でスタートしました。あなたの代わりは哲也さんです。うがい鉢で真言を唱えること三回、そして、毘沙門堂大手門前で「みどうないにおわす たもんてんにきえんし たてまつる めでたきかな さんよ」と口上を述べました。あなたが、哲也さんに乗り移ったと思うほどでした。
その日の午後、病院に行き、大祭がスタートしたことと、今朝の水行の様子を話しましたね。大変元気で、言葉もはっきりしていました。「哲也は今回が初めてだから頼む」と、話された言葉が最後の別れになるとは思えませんでした。
三月七日、正午に開会した「お日待ち」祭主哲也さんのカンパイの音頭を見届けて息を引き取りました。
二十八年度押合大祭のすべてが終わるの待って天国にいかれました。
祭主井口健一郎さん、安らかにお眠りください。天国から、押合大祭をそして私たちをいつまでも見守ってください。

            ●井口健一郎氏を見送る浦佐多聞青年団
b0092684_10401945.jpg

[PR]
by 2neyuki | 2016-03-11 10:18
<< 常蔵「十二講」 ... こども雪まつり >>